セブン×セブン


 星野奈々深。女児。十二歳。小学生。
 現実のあたし。
 小学生って響きが大嫌い。
 まだ小学生なんだから、ってみんなそう言う。
 あたしは子供じゃないのに。
 大人が思ってるほど馬鹿じゃないのに。

 ナナミ。女。十九歳。フリーター。
ネット上でのあたし。ネットなら、ヘマしなければ、絶対に年齢はばれない。逆におばさんが少女になることだってできる。年齢どころか性別だって偽れる。

 ネットは嘘の世界。
 嘘の世界で恋人を求める人なんてどうかしてる。
 だから、あたしは出会い系サイトにはいかない。
 メッセンジャーなんかでちょっと気になったテーマのチャットやってる人のとこにお邪魔する程度。それ以上親しくなりたくないから、メルアドは教えっこしない。

 そう、決めてた。
 はずなのに。

 大好きなミステリー作家南一人の話題で盛り上がった人と意気投合してしまって、いつのまにかメールをやりとりし始めて、二ヶ月。ついに、現実世界で会う約束をしてしまった。
「七月七日、七夕の日に会おう。織姫と彦星みたいで、ロマンティックじゃないかな?」
 断ればそれでおしまい。
 でもそれじゃ寂しかった。
 あたしはくだらないロマンティックに、流されてみるのもいいなんて、一瞬だけ思ってしまったの。
「いいわ」
「じゃあ、ディズニーランド行こう」
 即決定。
 だって新浦安に住んでいるあたしは、舞浜くらいだったら、親にも怪しまれずにひとりで行けるもん。
 待ち合わせの時間は九時半。一日中遊ぶつもりなのか、けっこう早い。

 あたしは目立たない黒のシャツにジーパンで、待ち合わせ場所の改札から少し離れたとこに待機中。ディズニーランドへ向かってゆく人の流れを眺め続けてる。
 相手がどんなやつか一目見たら、そしらぬ顔して帰るわ。
 だって、嘘に決まってる。
 ベッカム似の大学生だなんて。
 そんな格好いい男が、ネットにはまって、チャットでであった得体の知れない女の子と遊ぼうとする? 絶対ありえない。
ハンドルネーム「南大好き」さん。
ちゃんとあたしがお願いしたように、目立つ真っ赤なスカーフを首に巻いてきてくれるかしら。

 九時二十分。
 赤いスカーフが目に入った。
 来た来た来た来たー!
 改札を出てきたあ!

   え……。

 どどどどどうしよう。
 まじベッカムじゃん。
 いや、落ち着け。
ベッカムにはあんまり似てないんだけど、すごいハンサムな外国人。
信じらんない。
てことは、きっと大学生だってのも嘘じゃないんだよね?
うわあ、困った。
あたし、ばか正直な人をからかったみたいじゃないの!
これはもう、出て行ってごめんなさいすべき?
弱ったなあ。
小学生に騙されたってわかったら、そりゃ怒るよね。

あ、「南大好き」さんが歩き出した。
どこへ行くんだろう・・・・・・って、おい! こっちにまっすぐくるではないですかああ。
やめろお。
ナナミは十九歳だから、あたしがそうだってばれる心配はないけど、心臓に悪い。 ずっと友達待つふりして携帯片手に突っ立ってるのに、いきなり動き出したら不自然だし、このまま耐えるかー。こわいなあ。
「すみません」
「うわあ!」
ひい。声かけてきたよ。死ぬ。勘弁してくれ。
「ナナミちゃんだよね?」
ぎえー。めっちゃハンサムがなんかいってる。
「もしかして人違い?」
 青い目が困ったように、あたしを見つめてる。
 もうアカン。嘘ついた罰だ。
「そうです。ごめんなさい。あたし本当は小学生なの」
 言ってしまってから、はっとした。
 なんであたしがナナミだってわかったのよ?
「良かったあ。間違っていたらどうしようかと思ったんだ。ほら、子供時代に見ていた戦隊番組の話になったとき覚えてる?」
「えっと、うん」
 そういえばそんな話もしたっけ。
「ごめんね。実はカマかけたんだ。『チェンジレンジャー』をみてたよねって俺がいったとき、みてたっていっただろ。でも、本当は『チェンジマン』なんだよ。だから訂正するか、知らないってあっさりいうかのどちらかじゃないとおかしいのに、きみはどんどん話しにのってきた。ホワイトがハンサムだったってのもウソ。ホワイトは女だよ」
「え・・・・・・」
 けど、それだけで、あたしが小学生だとわかる?
「『クレヨンしんちゃん』の話になったら、やけに詳しかったし。俺が『まさお』くんを『まさし』と間違えたら、すぐ訂正したよね。で、なんとなく若いんじゃないかと思ったんだ。まあほとんど勘みたいなものだけど」
 ・・・・・・てか、あんたマニアかよ。マニアックベッカムなんて嫌。
「なんだかオタクみたいだよね。違うんだけどさ。今書いている小説の主人公がちょっとマニアな設定で、そんな感じの資料ばかり読んでいるからかなあ」
「小説かいてるの?」
 年上にため口きくのは好きじゃないけど、今更丁寧口調で話すのも変な気がする。あああ。
「うん。最近は大学の授業そっちのけ。単位落としそうだ」
「だめじゃない」
「そうだね」
「チャットする間を小説書きにあてて、勉強は真面目にやりなよ」
「・・・・・・」
 ベッカムもどきが苦笑した。
 わわ。ごめんなさい。小学生の分際ででかい口たたいちゃったよ。
「ナナミちゃんは、南一人の『佐波探偵シリーズ』がお気に入りだっていってたよな」
「あ、話すりかえた!」
「すりかえてないよ」
 青い目の「南大好き」さんはむくれた。ちょっとかわいい。
「南せんせーはね、『佐波探偵シリーズ』に行き詰ってしまって、息抜きに『南一人大好きなひと集まれ』というチャットをのぞきにいったんだよ。そうしたら、結構みんなが作品を愛してくれていて癒されたのさ。おかげで辛くなったときはつい行ってしまうんだよね。つまり、俺が南一人」
「うそ!」
「嘘じゃないよ。家に帰れば、担当がきてるかもしれない。昨日締め切りの原稿ができてないから」
 遊んでる場合じゃないじゃん!
「怖いから、携帯も自宅に置いてきた」
「か、かえりなよお!」
「嫌だね」
「何いってんの。子供じゃないんだから!」
 嫌だね、なんて。だだっこだわ。
「売れてるからっていい気になってると、出版社からみはなされるわよ」
「うわ。やっぱ俺よりしっかりした考えもってるよ」
「そう? それはどうも。とにかく、はやく原稿しあげなさいよ。でないと、編集者さんも印刷会社さんも大変でしょ」
「・・・・・・」
「ディズニーランドは中止。南先生の現実逃避に加担したくないもん。ファンとしても、人間としても」
「そんなメッタ斬らなくっても・・・・・・」
「小学生だからって馬鹿にしないで。嘘はついてたけど、あたしが南先生とチャットしていたナナミだってことは本当なんだから。ほら、帰るよ!」
 はじめのビビリはどこへやら。
 自分でもびっくり。
 大好きな南先生に会えた感動とか全然なくって、あたしはただお説教くらわしただけ。
 先生のうなだれた背中をホームまで見送って、電車が出発したのを確認し終わって、それからほんのちょっと惜しいことしたかなと思ったけど。
 いいや。あたしは間違ったことしてないもん。



 小野啓吾。男性。二十六歳。アイルランド人と日本人のハーフ。
近所の奥様方に、「いつもぶらぶらしている無職の男」とみなされている。

 南一人。男性。同じく二十六歳。ミステリー作家。
十八歳でデビュー以来、ヒット作を連発。

今日はディズニーランドへやって来た。作家をやめようと思ったあの日以来だ。今日に向けて仕事も順調にこなしてきたし、気兼ねなく一日遊べるだろう。
京葉線舞浜駅の改札を出る。すでに景色はディズニー一色。一直線に入場ゲートへむかっていく人波。
やはりこの蒸し暑い時期にくるものではない。
私は首に巻いていた赤いスカーフをとった。さすがに耐えられない。
もういい、これで汗を拭いてしまおう。
額の汗に赤いスカーフが触れたか否か、その極めて微妙な瞬間に、背中にタックルをくらった。
「こらー! 目印とったらわかんないじゃないかー」
 後ろを振り返る。
 夏らしい白いワンピースを着たナナミだった。ショートヘアも清々しい。
 七年ぶりにあう彼女は、すっかり大人っぽくなっている。
「そのわからない人に体当たりするなよ」
「うそだもん。南さん、身長高いし、すぐわかったよ。目印なんていらなかったね」
 ナナミはためらいもなく、私の腕に手をからませてきた。
 最近の日本は女性のほうが積極的だなどとどうでもいいことを思いつつ、平静を装う。
「どうして著者近影のせないの? 南さん格好いいのにね」
「作家の写真なんて、なくたっていいんじゃないの」
「ふうん。まあ、あたしはどっちでもいいよ。『先生の小説さえあれば、先生を感じられるから』」
「え!」
 急に顔面が熱くなって、体を引こうとしたが、ナナミは放してくれそうもない。
「やっぱ照れるよね? 南さん、自分で書いた言葉に照れちゃって。
 さーて、何のろっかあ」
「あ、ああ、ううんと・・・・・・」
 頭が真っ白になって、アトラクション名が出てこない。
 ナナミは吹き出した。
 くそう。

終わり