Birthday present

「はい、ただいまっ」
 気合の入った返事とともに戸口に現れた彼は、僕を見るなり肩を落とした。
「何の用?」
「何の用って、用がなきゃ来ちゃいけませんか?」
「おまえさんが用もないのに私を訪ねてくるか?」
 ごもっとも。もったいぶっても仕方がないな。単刀直入に言ってしまおう。
「誕生日プレゼントを選ぶのにつきあってくれませんか」
 彼は一瞬固まった。それから軽く咳払いした。
「その、なんだね、幸せ面はやめてくれんかね。エルシーにメロメロ――」
「メロメロだなんて!」僕は顔が熱くなるのを感じた。「やめてくださいよ!!」
 やだなあ、そんな露骨な表現。 「うぐ……」
 足元でうめき声がした。
 見ると、彼が仰向けになって廊下にひっくり返っている。
「大丈夫ですか、ロウさん」
 僕の差し出した手は、なみだ目の彼にあっさり振り払われた。
「自分で突き飛ばしておいて、大丈夫ですかって、いじめか!?」
「え、ええ〜?」
 無意識のうちにやってしまったようだ。
 彼は、むすっとして自力で立ち上がった。
 シャラン、と鈴が鳴る。
 後ろで一つの三つ編みにした髪を束ねるゴムに鈴がつけられているのだ。四十のおじさんに鈴が以外にも似合っているのは、やっぱり彼のキャラのなせる業だろう。
 南大陸中央に位置するヤンドン。非人情で知られるこの町で、人情家の彼が切り盛りする小さな宿『きりん』。開業以来ずっと経営がおもわしくないこの宿も、今年で九年目を迎える。
 そして、彼と僕が初めて出会った日から、もう七年になる。
 かつて「曲刀のロウ」と呼ばれた知る人ぞ知る剣士と、どうやら英雄らしい僕、フェイと。

 お客さんのいない宿を放って、ロウは僕を商店街に連れ出した。歩きながら、ロウが訊ねてくる。
「エルシーとの暮らしはどうなんだ?」
 エルシーと西の村エストに暮らし始めて半年になる。エルシーは元々勉強していた薬学の知識を生かし、薬屋を開き、僕は相変わらずゴステロを追ってあちらこちらへふらついている。
 ちなみにゴステロは昔の友、今の敵、だ。 「僕にもこんな幸せな生活を送れる日がくるなんて思ってもみなかったくらいです」
 正直に答えた。
「聞いといてなんだが、気色悪い」
 な……。
「いまだに初対面のあの嫌なキャラが忘れられんから。相当嫌な感じだったからな」
「若かったんですよ……」
 若かったで片付くわけがない。僕は、エルシーを殺してもいいと本気で思っていたんだ。邪魔だな、死んでくれれば付きまとわれずにすむ。
「エルシーも手紙で幸せだと連発しているところをみると、まあうまくいっているようで安心だな。『フェイは私なしじゃ生きられないの』って書いてあったしな」
「エルシーなしじゃ……」
 そんな激しいことを文字にしてるのか?なんだか汗をかいてきた。
「嘘だ。今のは私の意見だ」
「なんですか。もう!」
「私もそんな熱い恋愛がしてみたいよ、全く」
 冷やかす口調ではなかった。同時に、瞳が暗く沈んでいた。口元だけの微笑がうすら寒い。
 ロウが昔北大陸の大国セルキアで騎士をやっていたこと、騎士の証の鈴を身につけたまま南大陸にやってきたこと、今もなおその証に縛られているだろうということ。僕が知っているのはそれくらいだが、なんとなく陰りのある表情をするときは、そういった過去と関係があるのじゃないかと思う。
 もちろん、詮索はしない。僕も詮索されるのを好まないから。
「さて」
 ロウが足をとめた。「この店が私のオススメだ」
 満面の笑みで紹介してくれたが、シャッターが閉まっている。おまけに「一身上の都合によりしばらく閉店させていただきます」と張り紙してある。
「閉まってるじゃないですか」
「フン、フン」
 ロウは僕の抗議を鼻歌であしらって、だしぬけに、張り紙をめくった。
 張り紙のしたに現れたのは、五センチ四方の穴だ。
 「サキさん、いるかい?」
 穴に向かって、ロウが声をかける。
 返事の変わりに、穴に人の片目がぬっと現れた。
「フェイ、こっちに」
 ロウに言われ、僕はその目玉がぎょろつく穴の前に立った。
 真っ青な綺麗な瞳だ、なんて少しばかり心を奪われかけていた矢先、その目は言い放った。「あんた、奥さんに誕生日プレゼントかい。やけるじゃねえかい」
 野太い男の声だったのにもびびったが、何よりまだ何も言っていないのに「エルシーへのプレゼント」だとばれたことに、正直背筋が凍った。
「まあ、そう怯えねえでくれや。ああ、そうかい、ブレスレットタイプの腕時計か」
「なぜ、わかる?」
「そりゃ、だんな」
 だんな。エルシーの薬屋が評判になるにつれて、僕は「だんな」と呼ばれるようにもなった。つまり「エルシーのだんな」というわけだ。偶然にしても気味が悪い。
「あんたに奥さんの『時計ほすぃわぁ』って意識がべったりくっついていやがるからさあ。ああ、でもはっきりいっちまうと、奥さんがいっちばんほしがってんのは、だんな自信じゃないかねい。けけけ」
「……」
僕は無言でロウを見た。ロウはプイと横を向いた。それで結局、また目玉男を見た。
目玉が、ぐにゃりと笑った。
「いやあ、しかしめでたいよねえ。夫婦が同じ誕生日だなんてさあ。五日後だろ?奥さんとこに帰ってやらなきゃあいかんよ。ほうら、これ持ってさあ」
目玉がすっと離れて、子供の腕が穴から伸びてきた。
「とってえ、とってえ」
高いソくらいの声だった。
子供の手は、小箱を掴んでいる。僕は訝りながらも、小箱を受け取った。
すると、子供の腕が引っ込んで、目玉が戻ってきた。
「あけてごらんよお」
「……」
ロウは興味深々に覗き込んでくるばかり。
変なのじゃないことを祈る!
小箱を開ける。蝶番がキイと鳴いて、白銀にダイヤのついたブレスレットが輝きを放つ。
「まんぞくでしょお?」
シャッ。
穴に向こう側からカーテンが引かれた。
「え、ちょ、ちょっと待って下さい!お金は?お金は!?」
ロウはごく当たり前のように、張り紙を元通りに直している。どういうことなんだか。
「サキさんはね、お金は取らないんだよ。ただし、人間的にまずいヤツには何もくれない」
ロウはふっと笑った。「私には何もくれんのだよ」
「なんでロウがもらえなくて、僕が貰えるんです!おかしいじゃないですか」
「さあな」
ロウは肩をすくめた。 シャラン。


五日後。エルシーと僕の誕生日。
よそうかとも思ったが、せっかくだから、サキさんの腕時計をエルシーに渡した。
「ありがとう!!すごく素敵だわ!」
彼女の喜びようときたら。
あまりにも勢いよく僕にとびついたものだから、僕らは二人してソファに倒れこんでしまった。
「でもね、プレゼントなんていいの」
エルシーは僕の頬に、淡い口紅のあとを落とした。