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ウィルとトーノの大冒険
第一章[1]

 今日は約束の日だ。
正面玄関に面した大階段を駆け下りる少年の足取りは、自然弾んでいた。
ウィル、一六歳。快活な表情と、短いライトブロンドがよく合っている。
彼は今日、世界第一位と称されるツェーダ魔術学校を卒業したばかりだ。長い寮暮しから開放されると思うと、嬉しくもあり、不安でもある。
ウィルの人生の記憶は、魔術学校に始まり、いまだ外の世界を知らない。
「ウィル、校内を走っちゃ駄目よ! 」
「わかってるよ! 」
「今日はやけに嬉しそうじゃないか! 」
「まあね」
 すれ違う友人たちに軽く手を振る。
 敢えて別れの言葉は言わない。
 ツェーダ魔術学校は、校長と八人の上級教師に認められた時点で卒業となるため、大々的な卒業式というものはない。
 ウィルは自分の卒業を、学内の友人に伝えてはいなかった。みんなから雨あられと祝辞をあびせられるのは、気恥ずかしくてかなわない。
 ごめん、みんな。でも、これが一生のお別れじゃないだろ?
 独り心の中でくさい台詞を吐き、ウィルは一階に降りた。そこで一旦深呼吸し、ゆっくり正面玄関へと足を進める。
 彼のあしながおじさんである、フェイという名のまだ見ぬ男が、自分を待っているはずだ。一○年間、彼の授業料を全額払い、毎月欠かさず達筆の手紙をくれた、ウィルにとってかけがえのない存在だ。
 最低限の荷物を詰め込んだナップサックを肩にひっかけ、樫の長杖を片手に、辺りを見回す。
 もう見飽きたといってもいい、白を基調としてさりげない宝飾に彩られた校内。
日中は開け放たれている荘厳な両開きの扉。そこから覗く、ツェーダの町。いきかう人々。
 ウィルは、ずっと思い描いてきたフェイの像を探し、目をさまよわせる。
 たぶん、背は高くて、ハンサムだ。年は四○くらいで、顎鬚を蓄えて――。
 だが、そのような人物は見当たらなかった。
 代わりに、いつもウィルに手紙を手渡ししてくれる、郵便室のほっそりした女性がぼうっと立っているのを発見する。
「こんにちは、お姉さん」
「あら、ウィル! 探していたのよ」
 女性は胸の前で組んでいた腕を解き、サイドパックから一通の手紙を取り出した。
「フェイからの手紙よ」
 いつもならフェイの手紙に飛びつくウィルなのだが、今回はあまり封を切る気がにならなかった。手の中で何度もひっくり返し、封筒の裏にある「フェイ」のサインを何度も見つめる。
「じゃあ、またね。どこかへおでかけのようだけど、気をつけて」
「あ、うん。またね」
 女性の背中を見送って、ウィルはしぶしぶ封を切った。
 中から、常となんらかわらない、オフホワイトの便箋が出てくる。二つ折れのそれを、おそるおそる開く。

 これからは自分で道を切り開け。

 はらりと便箋は床へ落ちた。
 今日は約束の日なのに!
 ウィル自身もまた、その場にしゃがみこんだ。ナップサックから、一枚の便箋を引っ張り出す。

 卒業の日に君を迎えに行きます。君がどんなに成長したか、この目で見るのが待ち遠しい。

何かあったに違いない。

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