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ウィルとトーノの大冒険
第一章[3]

「さっきはありがとう。えーと……?」
「人に名前を尋ねる前に、まず自分の名を名乗れ、とママに教わらなかったか?」
 ウィルは礼をいったことを後悔した。第一印象は“嫌な奴”だったが、“超嫌な奴”に変更だ。
 けれども、今のところ唯一信頼できそうな人物だ。ここは一つ、大人になるしかない。
「……オレはウィリアム。ここからずっと南の魔術学校を卒業したばっかりで、十六だよ。あ、でも一応、攻撃系なら一通りは――」
「俺は、名前を名乗れ、っていったんだぜ、坊や」
「……!!!(ヌアー!! ムカチクー!!)」
 男はトーノと名乗った。初めはそれしかいわなかった。
 廃墟までの道のり十五分。道すがら、わずかばかりの身の上話をウィルは聞いた。
 彼が異国のものだということ。あるものを探して旅しているのだということ。
 お喋りは嫌いではないようだったが、詮索されるのは嫌いらしかった。
 何だかんだいっているうち、例の廃墟に到着した。それは冒険者でなければ絶対に近づかないような、城ともいえる大きな建物であった。
「肩慣らしとはいえ、結構ナメてかかった冒険者が死んでるらしいぜ。お前、実践は大丈夫なのか?」
「うーん……。アカデミーの対魔物訓練所で鍛えてあるから、大丈夫だと思うよ」  おいおい頼むよ、とでも云いたげにトーノがため息をつく。
 ウィルは憤慨しかけたが、沢山の人が集まるからといって安全とはいえないのが冒険者の道。仲間なしで新米の生き抜けるものではない。つまり、仲良くやっていく他ないのだ。
「ト、トーノだって『肩慣らし』に来たってことは、初心者なんじゃないの!?」  ささやかんリベンジ。
が、しかし。
「シッ」
 一蹴されてしまう。
 注意されて初めて、ウィルは冷静に辺りを見渡した。
 建物の中は静まり返っている。昼間だというのに薄暗い。なまじ陽の光が差し込む分、一層そう感じられた。
「……おかしくないか」
「アハハハ。そうだネ」
「バカ、違う。てゆうか笑ってどうする。――静か過ぎるんだ。酒場のオヤジが云っていた『大集団』ってのは、ここに向かったんじゃなかったのか?」
 確かにそうだ。もっと奥へ進んだのだろうか。ウィルは町からさっきの村へ来る途中、そんな大人数に会った覚えは無かった。つまりおそらくは、『大集団』はここへ向かっていたはずなのだ。
「……もうここに到着して、皆魔物に殺された……とか?」
「そうでなければ隠れていて俺たちを狙っている、とかな。ライバルは少ないほうがいいからな」
「どっちも嫌だね。――!!」
 階段の上。鎧の金属音が近づいてくる。窓からこぼれる光に照らされた鎧をまとった人物は、首から上がついていなかった。
「センパイ……じゃあなさそうだな!!」
 首なしが剣を抜くより先、トーノが鎧を貫く。崩れ落ちる鎧。が、一瞬の後、また起き上がる。
「(悪霊系……? それなら炎系の魔法で……)『火炎球』!!」
 それは、魔術師の類を名乗る者なら、誰もが使えなければならないという程の初級呪文である。――しかし、ウィルの指から放たれたのは、炎ではなく沈黙であった。
「……アカデミー卒業のライセンスは、“飾りモンじゃあないの”か?」
 トーノは、ウィルの台詞が気に食わなかったらしい。今さらのようにやり返す。意外に執念深い。
「そんなっ……えいッ。『火炎球』! 『火炎球』!!」
 どうもおかしい。失敗ではなく、指先で術が止まっている、といった感じだ。そんな話をアカデミーの友人から聞いたことがある。術師の術を封じる術、それは。
「スペル・バインド……」
「何だと!?」
「やっぱり先客は居たんだ。スペル・バインドは陣を張るか、直接術者がその場に居るかしないといけないって聞いた。もしかしてどこかに……」
 トーノ が、組み立てられた先程の鎧を貫き、また崩す。キリがない。しかも、階上にはまだ仲間が居るらしく、いくつもの迫り来る金属音がした。
「だったら、早いとこ術のもとを探すんだな。判ってるだろ、回復役はいないんだぜ? それとも退くか」
「冗談!」

 ウィルは、マスターからありがたく頂戴しておいた短剣を右手に、杖を左手に構えると、トーノに目配せした。
 二人は一気に階段を駆け上がる。ウィルの斜め前でトーノが剣をひと振りして、首なし一体を崩す。ウィルもまた、後方から迫ってきた首なしを蹴落としてやった。
 あと二段。
 血だるまと化した男が降ってくるのを避ける。男は階段の角に顔面をぶつけ、ぐにゃりと動かなくなる。
「集団で行った奴らのお一人か」
 二人は死体を見捨てて、先を急ぐ。
 ついに、階上に辿り着いた。
 ずっと昔に栄えた名残か荒廃してもなお美しい一面の石床に、まだ冷たくなりきらない死体と風化した死体が入り混じって、ごろごろと転がっていた。
「こいつら皆、ナメてかかって命を落としたのかなあ?」
 いくらなんでも数が多すぎる。
「……つぶし屋か」
 トーノはちっと舌打ちした。
 冒険者を目指す者としてウィルもその存在を耳にしていたつぶし屋≠ニはその名のごとく、未熟な者を狩ることを趣味にしている悪質な連中だ。苦労して宝を手に入れたパーティーを襲って、収穫を横取りするとも聞く。
 死臭が鼻をつんざく中を注意深く一歩一歩進んでゆくが、ウィルの足はわずかに震えていた。うっかり死体を踏みつけた瞬間、足裏に柔らかい感触があった。
 ぐちゃ。
 恐る恐る足を上げると、つぶれた目玉があった。ウィルは恐怖に、ひっとのどを鳴らした。静かな廃墟では十分響く。
「誰かいるの?」
 女の声がした。声のする方を見れば、血塗られた剣を手にし軽鎧を装備した、黒い短髪の美女が立っていた。そのすぐ足元には息絶えたばかりらしき少年がうつぶせに倒れている。
「なんだ、生き残り?」
 ウィルはもちろん、トーノよりも年上ではあるが、大人の女性の色気より戦士くささの勝る女は、剣を納めずに二人に近寄ってくる。
 警戒して短剣を握りなおしたウィルを、トーノは制止した。
「全滅したのか?」
「わからないわ。皆、組んだばかりの仲間を信用できずに、それぞれが勝手なほうへ逃げ出したから。半分は確実にやられたみたい」
 安心しきって女と会話しているトーノを尻目に、ウィルは少年の死体そばへしゃがんだ。
 頚動脈を切断されて、あふれた血が床に広がっている。
「あなたがこの少年を殺したんですか?」
 二人の会話が止まった。女の鋭い目がウィルにむけられる。
「とどめを刺したという点ではそうね。瀕死で生かしておくのは苦しめるだけだから、そうしたのよ」
「オレは回復魔法だって及第点はとったのに。助けられたかもしれないのに」
「魔法なら今は使えないでしょ。私、スぺル・バインドは十八番なの」
 ウィルの中で何かがはじけとんだ。
 この女!!
 鉄仮面のごとき無表情に殴りかかったウィルだが、あっさりかわされてしまう。
涼しげな顔で女は言う。
「スペル・バインドを解けっていうのなら、解いてやるわ。その代わり、あなたはきっと死ぬでしょうね」
「ひょっとして、つぶし屋は術師か」
「そうよ。剣士君のほうが頭が良いようで助かるわ」
 ウィルの面目丸つぶれだ。しかも案の定、トーノはフォローしてくれない。
「今この廃墟にいるつぶし屋は、かつて私の仲間だった、炎系呪文を得意とする男なの。なんとしても彼を止めるつもりよ」
 かつて、と語るだけの冒険を経験してきたらしい女は、やっとほんのわずかばかり眼差しをやわらげる。
「どうりで百戦錬磨な香りがしたわけだ」
「初心者にしては年増だものね」
 女は微笑した。
「剣士君のほうは怪しいけど、術師君のほうは本当に初心者らしいわね。危険だわ。私と彼との決着がつくまで、村に戻っていてくれないかしら」
「オレ……足手まといなのかな?」
 屈辱的だった。
 その時だ。轟音とともに、二人が駆け上がった階段が崩れ落ちてゆく。
「良かったな、ウィル。退けなくなったぜ」
「仕方ないわね」
 女はため息をつく。「私はリヴ。とりあえず、他に生存者がいないか確認しましょう。あいつが現れたら、『フェイ』の名を口にすれば少しは時間がかせげるわ。覚えておいて」
「フェイ……?リヴさん、フェイを知っているの?」


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