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ウィルとトーノの大冒険
第一章[4]

「神出鬼没の男といわれているわ。つぶし屋をつぶす者として有名なの」
 それを聞いて、ウィルはほっとした。フェイは悪人ではないのだ、と。しかし、リヴは嬉しくない情報を加えた。
「その一方で、一体どんな目的なのか理解できないこともしているの。例えば、シュツオを滅ぼしたりね」
 シュツオは南大陸最南端の小国だ。七年前に滅亡し、今は廃墟となって人の気配はない。
「本当なの?」
「さあ。本人に聞かなければわからないわね。偽者のフェイなら沢山知ってるけど、本物にお目にかかったことはないもの」
「偽者が出るくらい有名なんだあ。へえ」
 ウィルはますます、まだ見ぬ足長おじさんフェイに会いたい気持ちが募ってきた。手紙では、一人でやっていけといわれたものの、お礼もかねて会いに行くくらいなら許されるだろう。
 そこでウィルはふと気づいた。自分はフェイの住所など教えてもらっていないのだということに。
「だめだあ!」
 思わず、頭を抱えてしまう。
 リヴもトーノも、独り悶えている少年をあっさり無視した。
「一緒にいていいかしら?」
「ああ。俺はそのチンケなつぶし屋の野郎につまずいていられないからな。あんたが対決するっていうなら、協力したほうがはやい」
「あら、即決ね」
 女は微笑した。
 あちらこちらで天井から水が滴り落ちる音がしている。
「トーノって格好付け?」
「全く……。好き勝手言ってろ」
「あ、またバカにした!」
 ぶうっと頬を膨らませたウィルは、フンと鼻を鳴らした。
 どこからかやってきた水が、ちょろちょろと柱をつたい、水溜りとなる。やがて水溜りの表面が不自然にうねり始め、人の形を成そうとしていることに、三人とも気がついていない。
 水の塊が透明な肢体を完成させたちょうどそのとき、ようやくリヴの瞳が敵の出現を捉えた。
「二人とも伏せるのよ!」
 何事かと振り向いたウィルは、『透明な人型の何か』が踊りかかってくるのを見た。いや、踊りかかってくるという言葉は相応しくない。一度は体の形をとった液体が、再びただの液体に戻り、こちらに向かって伸びてくるといった感じだった。しかも、ぼんやりうかんだ顔面の額から、錐のようなものをはやしている。刺さったらひとたまりもないだろう。
 ガッ。
 トーノのかけた足払いで転んだウィルは間一髪、水人形の攻撃を避けた。そのかわり派手に後頭部を床に打ち付ける羽目になったのだが。
「トーノってさあ……これで二度目だよ?」
 涙目で訴えるウィル。
 攻撃をかわされた液体人形は、勢い余って壁にぶつかると、ばしゃっと飛び散った。円錐型の角は柱を一本打ち抜いてから液体に戻り、四方八方へ分散した。
「お前に回避能力がないから仕方なくやったまでだ。立て。また来るぞ」
 トーノがあごで指した先には、すでに先刻の液体が再び形を造ろうとうごめいていた。
「スペル・バインドは解いてないわ。だから術じゃない……魔物よ」
「それなら魔法のつかえないこっちが不利だ。アイテムがあれば話は別だが、あいにくろくなものを持ってこなかった。ここへは肩慣らしと生活費稼ぎに来たくらいでね」
「オレも薬草くらいしか……」
「三人とも奴に対抗できる道具は持っていないってことね。術を解いたところで、勝算はあるの?」
 リヴがきくと、トーノはウィルを横目で見た。
「任せてよ! なんなら、つぶし屋だって倒してみせる」
 ウィルが不適な笑みを返す。
「後悔しないわね。バインドは時間と手間がかかるの。最悪のタイミングであいつ……つぶし屋に襲われるかもしれないのよ」
「リヴ。相談の暇はないようだ」
 トーノの言うとおり、液体人形はもう人の姿をとっていた。
 リヴが舌打ちして何かを呟く。次第に、ウィルは何かから開放され、力があふれてくる感覚を覚えた。この廃墟のどこかできっと、「つぶし屋」も同じく自由になったに違いない。
「『火炎球』!」
 今度は確かに指先から人の頭大の火の玉が放たれた。しかし勢いがつく前に、液体人形の顔面にあたってあえなく消えてしまった。終わった花火を水に突っ込んで消すときの音がした。
 敵はわずかにひるんだものの、また向かってくる気配だ。
「あっちゃあ〜〜」
 そうか、炎系は水属性に耐性があるんだったっけ。水の魔物には、雷系をつかえって習ったような。
 ウィルはとぼけた顔で頭をかいた。
「あちゃーじゃないわよ! 大丈夫なの? 突っ込んでくるわよ」
「『神の裁断』!」
 雷を放つ。が、直撃をものともせず、雷を飲み込んで敵は直進してきた。
「うわあ」
 やられる!
「おまえ!」
 トーノがいい加減にしろといいたげに低く呻きつつも、携帯していたアイテム袋を水人形に投げつけた。敵は弾かれて形を失い、袋は黒コゲになって落ちた。
「チッ。どうせたいしたものは入っていないからいいようなものの……。帯電してるんじゃないか?」
「こんなはずじゃあ」
 あ、アイツは水そのものだから、電気を媒介して他のものにダメージを与えることはできても、自分がダメージを受けることはないんだ。
 悠長にひとりうなずいていると、水人形がウィルののど笛めがけて水のドリルを発射してきた。
「わわわ」
 辛くも避けたが、体勢を崩し、尻もちをついてしまう。
 そこへ、とどめの一撃とばかりに敵が飛び掛る。
「ウィル!」
「『白銀の女神』!」
 ――眉間から三センチ。そこで水人形は凍り付いていた。氷結の中等級術。それがウィルのとなえた魔法だった。
「間一髪ってところだな、まさに」
「へへ……見た?」
 震える手でピースサインをしながら、まだ動けずにいるウィル。
「見たわよ。やっぱりユルグは私が倒すしかなさそうね」
 緊張がとけたはずみか、リヴは「昔仲間だったけれど今は敵」であるつぶし屋の名を口にした。
 トーノもふっと息をはく。
 三人のほかに動くものがいるのかいないのか、彼らの声だけが廃墟の三階にこだました。


「この建物って何階まであるの?」
「五階までよ。たいしたことのないダンジョンだから」
 三人は階段を上りきって四階に到着した。
 とたんに異臭が鼻をつく。
「ヘンな臭い」
「人間が焼ける臭いだ」
 トーノは神経質ともいえるほどに、右肩を服の上からかきむしり始める。
 生きたまま炎に包まれたものが多数いるらしく、周囲からうめき声があがっている。
 トーノは足元で光っていた指輪を拾い上げた。“Tom to Lain”と内側に刻まれているほかは何の装飾もない安っぽい銀の指輪だった。
「そんなものまで生活費にあてるつもり?」
 ウィルは何の気なしに言っただけだったが、トーノは急にわれにかえって、指輪をぽろりと落とした。軽い音をたてて指輪が床を転がってゆく。
「え? やだな。冗談冗談。気に障った?」
「……うるさい」
 ひょっとしてトーノの探し物って指輪? それもすっごいヤツだったりして!
 トーノに背を向けられても、自分が彼の触れられたくない部分を刺激したことがわかっっていないウィルは、それどころか「へえ、指輪」と目を輝かせている。
 そうしている間にもリヴは、火達磨の人間たちの中に無事な者がまぎれてはいないかと調べ歩いたが、徒労だった。こんなむごい殺戮を楽しむのは、彼女の知っているうちではユルグだけだった。
「まだ火がつけられてそんなに時間がたっていないようね。さっき私たちが下の階で魔物と戦闘していた音を聞きつけられたかもしれないし、この辺りにいる危険性が高い」
「おっけい、オレに任せなさーいって」
 ウィルは気合入れに壁をとんとんと叩いて、胸を張って見せた。
「おい、おまえ、不用意に……」
 がたんと妙な音がした、トーノの背後の壁から鉄製の細いヤリガ数十本と一気に突き出てきた。いくら反射神経の良いトーノでもかわしきれないスピードだった。
咄嗟に急所にくらわないよう体をねじったが、右肩に深々と錆びた金属がくいこんだ。
「わあああ!」
 あわてふためくウィル。
「おまえ、もう余計なところに一切触れるな!」
 トーノはヤリを掴むと、ぐっと力を込めて体から引き抜いた。手がべっとりと血で汚れる。
「て、手当てしないと! 化膿したら大変」
「大丈夫だ」
「だめだよ。手が腐って使えなくなったらどうすんの? 剣が持てなくて冒険者やめだよ」
 ウィルは無理やりにトーノの袖を引っ張った。
 ビリッ。
 胴と右袖の縫合部分が豪快に裂けてしまった。自然、トーノの肩は露出した。
「……」
 ヤリによる傷は出血量の割りに浅かった。ウィルが驚いたのはそんなことではない。トーノの脇の下から肩甲骨まで続く、腕を下から切り上げて取ろうとしたかのようなすさまじい古傷があったのだ。
 ウィルは治癒魔法をかけようとトーノに伸ばしかけた手を、思わずひっこめた。
「この服気に入ってたんだぜ」
 ウィルの無言の視線がじわりと心に痛く、トーノは柄にもなく明るく振舞おうとした。ごまかしの言葉とごまかしの笑顔。
「誰がこんなひどいことをしたの? オレ、そんなヤツ許せないよっ」
 ウィルは真剣だ。素直な感情を出すより先に損得を考えることを知らない純心無垢な瞳。それはトーノにとって、昔同じような瞳を自分に向けてくれた記憶の中の人間を思い起こさせるものだった。
「……そんなことより、治療してくれるんじゃないのか。それともやはり、回復系はてんでダメ、か?」
「あ、ああ、ごめん、ごめん」
 ウィルの苦手だという治癒魔法はふわっと暖かく、不快な気分まで消してくれる。
 不意にトーノの中で湧き上がる気持ち。
 一緒にいたい。
 自覚したとたん、冷静になる。
 誰かに甘えたいのか、俺は? ……まだまだだな。
「ありがとう」
 この上なく優しい笑顔をしたのを、本人はちっともわかっていなかった。


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