**トップ**小説リスト**Will&Tonoモクジ**

ウィルとトーノの大冒険
第一章[5]

超嫌な奴だと思っていたトーノのそんな表情に、ウィルは戸惑い、思わず赤くなった。やはりすぐに表情に出てしまう。しかも、苦手な治癒魔法は、傷を完全にふさぐのに時間を要した。ますますやりにくい。
「あ、あれっ。リヴ、何やってんの?」
 見ると、リヴが床や壁に何かを書いている。
「スペルバインドをかけ直しているんじゃないか。あまり大声で訊かないほうがいい。どこでそのつぶし屋が様子をうかがっているか判らない以上な」
 すっかりいつもの調子に戻って、トーノが言った。ウィルにしてみれば、半ば照れ隠しだったのだが……。
 そんな二人を尻目に、リヴは作業を続けてゆく。術封じの陣は、クルミの樹液を煮詰めたもので書いていたのだが、半分描いたところで液が無くなってしまった。傍らの死体の首を掻き切り、溢れる血で残りの陣を埋める。
血っていうものには、すごいモノが沢山秘められているんだ。生命力とか、魔力だって
 陣を埋めながらリヴは、まだ自分がオリビアと呼ばれていた頃の事を思い出していた。
『だから、陣を描いたりするときなんかに代用することができる。やってごらん。大丈夫。死体なんだから』
『……斬れないわ。……だって……ひ、人よ。死体でも……』
『そんなことじゃこの世界では生きていけないよ、オリビア。こうやるんだ』
 そのとき描いた陣が何だったのか、覚えていない。思い出せるのは、眩暈を呼ぶあの甘い、甘い匂い。
『駄目だな、オリビア……。でもそうだね、君はそれでいいのかも知れない』
 血で指を真っ赤に染めながらも、その笑顔には誰もが許せるものがあるあの人。
 魔法、自分の意思を示す事、冒険者として生きてゆく方法、失いたくないと思えるもの、世界。みんな、あの人の教えてくれたことだった。
 今ではすっかり血に慣れてしまった。こうして死者の血の陣を描きながら、震えを起こすことも無い。ためらう事に疲れてしまったのかもしれない。
(あの子……怒っていたわね……悲しんでいたんだったかしら?)
 手袋を外しながら、今度はウィルのことを少し思い起こす。自分が仲間だった少年にとどめを刺したとき、彼はどんな表情だっただろうか。
 リヴは苛むように自らの腕を切り刻む。
「うわっ! なんっ、何やってんだよー!」
 やっとトーノを治療し終えたウィルがリヴの腕の出血に駆け寄ってきた。
「いいのよ。浅いから。くれぐれも余計な心配はしないで頂戴」
「いいって……。あ、それであの……術封じのほうはどうなったの?」
 何でもないかのように手袋をはめるリヴに、ウィルは戸惑いながら訊いた。その語尾は、ほとんど消え入りそうな声だった。
「そうね。あとは呪文をかければ完成よ」
「それは困る。せっかく魔法が使えるようになったというのに」
 ウィルの見知らぬ男の声。
「!」
 全員に緊張が走る。
階上から男が降りてくる。
銀髪を後ろで束ね、エメラルドグリーンの瞳は左側が前髪で隠れている。眼鏡のせいだろうか、落ち着いた物腰は、年の頃を二十の終わりに近づいているように見せていた。
身構えるウィルとトーノ。だがリヴは、男を見詰めたまま二人に、
「悪いけど、手出しは無用よ」
 といって動かない。
 わけがわからず口をもごもごさせているウィルの後ろで、トーノはじっと様子をみている。
「久しぶりだね、オリビア。随分術が上手くなったじゃないか」
「……そうね、三年ぶりだもの。……本当に……会いたかったのよ」
 三年間捜し続けた男。自分に術封じの術を教えた張本人。追うたびに不吉な噂ばかりが浮かび上がり、いつしか殺すために追いかけるようになった『あの人』――。
「ユルグ」
 リヴは男の名を口にした。唇がひどく乾いているように感じられる。
「僕も、会いたかったよ」
 一見優しい好青年といったところだが、纏った雰囲気は、決して甘っちょろいものではない。殺気を鋭い刃に例えるなら、この男を取り巻くのは、夜の海のように得たいのしれない不気味なものだ。
(出来れば戦いたくない男だな)
 トーノはそう感じた。しかしウィルを見やると、腰がひけていながらも、今にも「手出し」をしそうな様子である。フッと、トーノは苦笑したが、戦地には似合わない穏やかな微笑ともとれる優しげな目をしていた。
 そして、沈黙が廃墟を包む。
 どちらが先に仕掛けるか。
「フェ、フェイが来るぞ!」
 張り詰めた空気を乱したのは、ウィルだった。全く持って忠実な少年だ。ウィルはリヴに教わったとおりの戦法をとったのである。
「フェイか……」
 ユルグは感情を映さない瞳をウィルに向けた。「あの男もあちらこちらで名前を利用されて気の毒なことだ。もっとも、今頃は死んでいるかもしれないな。……かわいそうなことをした」
「フェイに何をしたのっ?」
 ウィルは必死の表情になり、一歩踏み出した。対するユルグは憎めない笑顔で答える。
「西の『闇の牢』で出遭った。灯火を失えば一寸先も見えなくなるダンジョンさ。仕事敵な都合上、助けてやるわけにはいかなかったんだよ、オリビア」
「ウィルには悪いけど、私はフェイのことなんか知らないわ。閑話休題といきましょう」
 リヴは、ウィルとトーノを目で制した。意志の強いその瞳に射すくめられ、ウィルも仕方なく黙った。
 リヴは、刃こぼれ一つない美しい剣をユルグに向ける。
 ユルグは左手を自身の胸の高さまで上げ、くるりと手首をひねった。炎の塊が彼を守るように、五つほど空中に現れる。
「『火炎龍』」
 冷淡なユルグの声にあわせ、五つの火球が五つの龍へ姿を変化させた。それぞれが牙をむき出し、ウィルを襲う。
 リヴもトーノも、炎に阻まれ、ウィルの姿をとらえることができなくなった。
 トーノの脳裏に嫌なものがよぎる。二度と戻ることのない幸せだったあの頃の風景と、記憶の中の人の微笑み。
「ウィル!」
「『水鏡の盾』!」
 取り乱したトーノの叫びに、ウィルの術詠唱が被った。
 ウィルの正面に、ゆらめく水の壁が形成され、炎の竜をユルグへ跳ね返す。
 ユルグは驚く気配もなく、新たに炎を呼び起こし、龍五匹を相殺した。
「トーノってばやだなあ。オレってそんなに弱そう?」
「お前、いちいち心臓に悪い奴だな」
「な、なにそれッ」
 一気に緊張感のなくなった二人。
 リヴは頭痛を覚え頭を振り、ユルグはさながら幼稚園の先生のような笑顔をもらした。
「かわいいお仲間だね」
「そんなことどうでもいいでしょ」
 どうでもいいといわれ、二人は黙る。
「ユルグ。この子達は関係ないの。私と勝負しなさい」
 追い討ちで、関係ないとまで断言されてしまった。
 ウィルはうなだれ、トーノは仏頂面に戻った。
「オリビア。君とは勝負しないよ」
 ユルグは笑みを引っ込めた。
「君のことが忘れられないから」
「な」
 リヴはひるんだ。
 ユルグはすっと真っ直ぐな指を伸ばす。その手が、リヴの髪をかすめた。
「相変わらず、君は甘い」
 熱気がリヴを襲った。ユルグの手のひらから炎が生まれ、次第に温度をあげてゆく。
「『火炎球』」
「卑怯ね!」
 リヴは横っ飛びに逃げ、着地と同時に床をける。ユルグの懐に切り込む。
「化粧はやめたんだね」
 ユルグは鋭い剣閃をなんなく回避し、リヴの耳に囁いた。後ろ手に杖で、壁のレンガのひとつを軽くつく。
(何がくる?)
 トーノは危機感から、ウィルを突き飛ばした。間髪いれず、床から針の山が競りあがる。トーノは体をねじったが、間に合わなかった。
 腕、太もも、ふくらはぎを中心に貫かれ、針山とともに体が地上から持ち上げられる。
 天井に手が届くほど近くに感じられたところで、針山が床へひっこみはじめた。トーノの体は、石床に投げ出され、剣が少し離れたところに落ちる。
 トーノは呻きながら、剣に手を伸ばす。
 戦場において剣士が剣をはなすということは、死を意味する。
「オリビア。君がそのつもりでなくても、僕は三人と戦っているんだよ」
 大地に落とした雫がゆっくりとひろがるように、トーノの体から血液が流れ出てゆく。伸ばした手が、まるで自分のものではないようにすら思える。
「トーノ!」
 ウィルは一目みて、トーノの傷が自分の手に負えないことを理解していたが、気休めでもいいからなんとかしてやりたかった。
「今、今、治すからね。ね、ね」
 トーノの傍にしゃがむ。
「……アイリ」
 トーノの口から、誰かの名がもれた。
「トーノ、しっかりしてよ! 弱気になってんじゃないよね? らしくないよ」
 ウィルは泣きそうになるのをこらえた。出欠があまりに多いと、体温が奪われてしまう。
「『炎の矢』」
 ユルグの炎が、リヴの右太ももを貫く。
「く……」
 赤黒い液がどろりとあふれる。
(死んじゃう。みんな死んじゃうよ。フェイ、どうしよう)
 ウィルはトーノの青ざめた頬に身震いした。
「剣を」
 トーノは依然として、剣に手を伸ばし続けていた。腕が鉛のように重く、手が冷たい床をなでるばかり。
 ウィルはキッとユルグを睨み付けた。覚悟をきめ、立ち上がる。
「とんだ肩慣らしだよ」

[6]へ進む
**トップ**小説リスト**Will&Tonoモクジ**