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ウィルとトーノの大冒険
第一章[7]

 バイバイ、と手を振って別れるとき、明日か明後日か、数年か数十年か、とにかくどれ程のインターバルを置くにせよ、また会えると信じる。確証も無いのに。一緒に居る時間、その瞬間全てが最後かもしれないと意識しだしたら、息がつまるから。
(ある日帰宅したら、何もかも無くしていたとか、考えたくない……)
 トーノは目を覚ました。ユルグとの戦いから丸二日経過していた。
 春の暖かな日差しが窓から差し込む部屋にぽつんと置かれたベッド。その上に寝ていることが、不思議と嬉しい。自分が生きているという実感だけで十分だった。
「ねえ、トーノ。リンゴ食べる? オレね、家庭科は五だったんだよ。ほら」
 ウィルはできる限りトーノの傍に居て、話を一方的にしてくれるのだが、ネタがつきるとコレを食べろアレを食べろと様々なものをひっきりなしに持ってくる。これには参ってしまう。
 ウィルは手馴れた様子でリンゴの皮をむく。
 あの危ないハゲ親父の酒場の二階を無料で借りられようとは、三人とも思ってもみなかったことである。その上、ほとんど死人と化していたトーノを助けたのも、親父のストックしていた薬草だったのだ。
 何でも特別な調合でべらぼうに効く薬草を売っている店がずっと西の村にあり、その店の「だんな」とやらがこの村を訪れた際においていってくれたらしい。親父いわく、「お坊さんのような格好で錫杖を持った男」なのだが、あまりに情報量にとぼしい。
「トーノさあ、元気になったらどこへ行くつもり?」
 トーノの枕元に置いた硝子皿に、八等分に切ったリンゴをのせる。
「実は持ち金が底をついてしまって、困っているんだ」
「トーノも? リヴもそんなこといってんよ。オレはフェイから送られた最後のお金がまだ残っているけど……それでもキツイなあ」
 先日の廃墟では三人揃って稼ぎがゼロに終わっている。
「北のヤンドンとかいう町に行けば、冒険者への依頼がごろついてるんだって。オレはそこへ行くつもり」
「『オレは』っておまえ……」
 あの肩ならし限りでお別れしてしまうことなのか問おうとして、トーノはためらった。
(俺達は目的も違う。結束力もない。仲間なんかじゃないじゃないか)
「え? だってトーノはOKしてないし。リヴは一緒に行ってもいいって」
 すっとぼけたウィルに腹が立って、トーノは急に上体を起こした。
「わあ! 寝てなきゃだめだよっ」
「おまえ、もっと他人を気遣えないのか? 会話してると凄く疲れるぜ」
 トーノはウィルの頬をつねった。
 ちょうど階下から上がってきたリヴは、ドアを開けるなりあきれた。二人がじゃれあっていると勘違いしたのだ。
「随分と元気そうね、トーノ」
 ついさっきまで店の手伝いをしていたリヴは、村人風の服を着ており、ロングスカートに木靴という戦士らしからぬ姿である。
「へえ、スカート姿も似合うね」
 トーノはユルグの口調を真似た。リヴがひきつった笑みを浮かべる。
「今度やったら、なで斬りに処するわ」
 腰に手をあて、片足を強く踏み出した。可愛い服を着ていても、殺気は変わらない。
「ところで、やっぱり回復役がどうしても必要だと思うのよ。もしくは『だんな』さんが売っている上質の薬か。ウィル、あなた回復魔法の得意な友達か何かいないの?」
「学校の友達?……そりゃあいるけど、まだ在学中の奴を引っ張り出すのって悪くない?
途中退学になっちゃうとやばいし。ヤンドンで仲間を見つけるのが一番じゃない?」
 ウィルはリンゴを一切れ、口の中へ放り込んだ。
 リヴとトーノは、気が進まないようだ。金稼ぎにはもってこいだがまるで人情のかけらもないことで有名な町で、仲間を求めることが最善だとは思えない。
「嫌なのかよ?」
 ウィルはリンゴを口にいれたまま、もごもごとしゃべった。そのせいで汁が飛び、被害を被ったトーノはますます顔をしかめた。
「……わかったわ。ヤンドンに知り合いがいるから、彼あてに『だんな』さんの店から薬草を送ってもらうようすればいい。親父さんに頼みましょう」
「代金はどうする?」
「稼いだら返すってことで、親父さんにつけといてもらうわ。ま、当然ながら払わない」
 借金踏み倒し。
 バイバイ。と手を振って別れるとき、再会を信じる――。
「上等じゃねえか」
 トーノは口の端で笑って、リンゴを二切れ一気にほおばった。
 なんとなくすまないとは思うものの、それは短剣を投げつけてきた罰ということで許してもらおう。
 ウィルも反対はしなかった。


 出発はトーノの大事をとって、さらに二日後ということになった。
 ヤンドンまでは、ここから普通に歩けば、日が昇る前の出発で日が落ちる前には到着できる程の距離だ。ただし、普通に歩けば、の話である。ヤンドンは別名「冒険者の町」であり、各地の冒険者がそこに集うのだ。格別何かがあるというわけでもないのだが、割と大きな町であるため、自然と店も酒場も多い。だから、冒険者が集まりやすいのだろう。
 冒険者は依頼人を呼び、依頼人は冒険者を呼ぶ。いつの間にか冒険者と依頼人は次々とヤンドンに集まるようになった。ヤンドンが金稼ぎの町、冒険者対象の依頼がごろつく町、そして人情のかけらもない町というのは、その辺りに由縁する。
「途中の道で、つぶし屋に襲われるかもしれないし、それで足止めを食ったら、夜になってしまうわ。もしそうなったら、魔物だって出てくる危険性があるわ。ちゃんとこの村で道具を揃えておかないと。今日と明日は買出ししましょ。悪いけどウィル、今回のところはあなたのお金貸してくれない?」
「……ないよ……ちょっとしか……お金」
「なんで?」
「だ、だって、ここのところ、トーノに食べ物ばっか買ってたから……」
 シーン。
 パーティの視線はウィルに向けられ、トーノに向けられ、最後にリヴに向けられた。
「……とにかくお金を稼ぐしかないようね。私はこの店の手伝いがあるし、トーノはこんなだから……」
「オ、オレが稼いで来まーッス」
 ウィルは部屋をそそくさと出て行った。
リヴも「じゃあ私は店を」と出て行こうとすると、トーノがぼそりと言った。
「あんたにあの男が殺せるのか?」
 思いがけない質問だった。リヴは驚きの中にわずかな怒りの色をみせた。
「ユルグのこと? 私が力不足だっていいたいの? そりゃ、あの時はウィルがいなければやられていたけれど……」
「そうじゃない。あの時あんた、俺を死なせたくないって言っただろう。会って間もない俺にそこまで親身にしてくれたというよりは、あの男に人を殺させたくなかったって方が大きいんじゃないのか」
 自分自身整理がついていなかっただけに、リヴは返答に窮した。
「……私にもわからないわ。でも……寂しいこと言い切るのね。あなたにとって、あのダンジョンはなんだったの?」
 それは質問と言うより呟きで、今度はトーノのほうが返事につまった。
再び沈黙が走ったところへ、一階の酒場から喚声があがった。
一瞬嫌な予感がして、二人は下へ降りていった。
「へっへっへ。これでワシの全焼だね〜」
「……あ、トーノ、リヴ。ごめん、オレ、もう一緒に旅に出らんない……」
「ウ、ウィル。お前何やってるんだ?」
 訊けば、ウィルが儲け話がないかマスターに尋ねたところ、酒場に居合わせたオヤジがダイス勝負を持ちかけたそうだ。初めのうちは勝っていたのだが、最後の勝負、と思ったところで負けてしまい、負けを取り返そうとして負け続け、今自分を賭けて負けたところだという。
「誰が体で稼げっていった?」
「だって、皆の装備を買わないとって……」
 その言葉に、ふっとリヴの表情が和んだ。トーノはそれとは対極に、気が気でないといった様子だ。
 リヴもすぐいつもの険しい顔つきに戻り、マスターに耳打ちをする。
「マスター、あの男、知ってるかしら?」
「ああ? 知らないな。旅の者だと思うが……ただどうも、軽い魔法でイカサマをしているとワシは見るがね。ま、悪いが、客同士のいざこざには口を挟まない主義でな」
「そう、それだけわかれば十分よマスター。ありがとう」
 隠して使っている魔法を見破るというのはなかなか容易なことではない。現にウィルも、周りの客も皆イカサマには気づいていないのだ。殊にリヴはそういう系の魔法をよく使うのでわかるが、同業者か相当の術師でなければ見破るのは難しい。マスターは一体何者なのか……。それはともかく、リヴがニ、三考え事をしていると、トーノが意を決したように前に出た。
「もう一度だけ勝負しろ。俺が勝ったらウィルを返してもらう。あんたが勝ったら、俺を好きにするといい」
「うーん。ダメだね。兄ちゃん怖そうだし。ワシの好みじゃないナー。そのお姉ちゃんが抵当ならいいけどネ」
 トーノのおよそ彼らしからぬ大胆な言動に驚いていたリヴに、ウィル、トーノをはじめとする店の客全員の視線が集中する。
 ふん、面白いわ、とリヴは、断ろうとしたトーノの肩に手をかけた。
「安くみないで頂きたいわ。せめてウィルとウィルが払ったはした金くらいは賭けていただけるんでしょうね?」
「いいよー。ワシが勝てば両方ワシのモンだしネー」
 こうして、怪しい格好のオヤジは奇数の出るほうに張り、トーノは偶数に賭けることになった。
 サイコロは、しばらく不可解な動きをした後、六を出して止まった。
「イ、 イカサマだ!」
「あら、六が出たくらいで何をそんなに騒いでいるのかしら。これがギャンブルってものでしょう?」
 リヴの言葉尻に黒い含みを感じて、何かやったなと思ったトーノだったが、多勢の証人に囲まれてはオヤジも負けを払わないわけにはいかない。ウィルから巻き上げた金を置いて、すごすごと酒場を出て行った。
 まだ残った客達のざわめきは、マスターのふるまったオレンジジュースによって静まった。

 その夜――酒場の二階での会議の結果、最低限の道具を揃えるため、あと三日ここで稼ぐことになった。
「今後は地道に稼ぐのよ、ウィル。本当なら今頃、あの変態に可愛がられていたかもしれないんだから」
 リヴとしてはブラックジョークと皮肉の中間といったところだったのだが、『トーノが好みじゃないって賭けのかたにならなかったのに、オレがOKだったってことは……』と今更青ざめたウィルには、全く笑えなかった。
「冗談ごとじゃない。二人ともお気楽すぎるぜ。たまたま――かどうかは怪しいけど、賭けに勝ったから命拾いしたようなものの、なんでそんな無茶するんだ?」
「だって、パーティのお金だから……」
 その言葉にトーノがはっとする。それは、心のどこかで待っていた言葉でもあった。
「え。オレたち三人、パーティでしょ?……違うの?」
「そうよ。あの廃墟のダンジョンから。……違う? トーノ」
「……好きにしろ!」
 そういってトーノはベッドに寝転んでしまった。普段クールな分、感情を表すとわかりやすい。耳まで赤くなっているトーノを見て、ウィルは今まで曖昧だったものが初めて形をとったのを感じた。
 ウィルとトーノが眠りについてから、リヴが酒場の後片付けをしに下へ降りてゆくと、マスターが掃除していた。
「これはワシの憶測なんだが……昼間助けられたのは、坊やじゃなくてあの中年なんじゃないのかな?」
 手伝おうとしたリヴに、床をはく手を止めたマスターが、不意に訊いた。一瞬リヴも手を止めたが、すぐさま作業に取り掛かり、手を動かしながら「どうして?」ときき返す。
「いや、なんとなく、あの剣士君が口を挟まなければ、坊やと坊やの持っていた金を取り返すだけでなく、……ひょっとしたらあの男の持っていた金も、アンタは手に入れることが出来たんじゃないかって気がするんだよ。ま。憶測だけどな」
 そのかわり、村の外れに旅のギャンブラーの死体が転がることになっただろう――というほど、マスターは無粋でもバカでもなかった。
「フフ、マスターったら、怖い人」
 そう言ったリヴは口だけで笑っていた。マスターはリヴの反応をみてとり、こちらも何気なく言った。
「薬草ね、『だんな』に手紙送っといたよ。踏み倒す人が多いから、普通は前払いなんだけど、アンタ美人だから出世払いってことでいいよ。その代わり、ウチにいる間はみっちり働いてもらうけどね」
 このやりとりを聞きながら、トイレに降りてきたトーノは、「美人は怖い」と思いつつ、ドアの影にかくれていた。

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