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ウィルとトーノの大冒険
第一章[9]

「だアーーから、男・男・女の三人連れだってバ!!」
 一夜明けたヤンドンの西の入り口で、大騒ぎしている少女が一人。年齢は一八、九といったところだろうか。くるくるの茶髪を二つにしばって、いかにもお転婆といった感じだ。
(マイ・スイートから渡されたメモを無くしちゃうなんて、あたしとしたことがドジったワってゆうか、そもそも「信頼してる」なんて口車に乗せられてここまできたものの、よく考えたらなんであたしがスイートの飼い犬? の面倒見ないといけないのヨって、こんなことしているうちにスイートとエルシーのメスブタがベタベタしてるかと思うと、早いトコ、ワンちゃん見つけて用事済ませて帰るのヨってカンジ)
 腰に手を当て高飛車な態度で、道行く人々に八つ当たりのにらみをきかせているが、筋違いもいいところである。
「大体この町、城下町でもないクセに広すぎンのヨー!! ゾウだかパンダだかいう宿屋はどこにあるのッ? そこに泊まってるってきーたンだーかーらーッ!!」

「ぺプチッ」
「ウィル。健康管理ぐらいしてキチンとしておきなさいよ」
 リヴは胸の前で腕を組んだ。
 ウィルは鼻の下をかいた。
「……で、ロウ。いい依頼か、依頼人を知らないかしら?」
 冒険者というものは、一部の例外を除いてたいていは、旅をしながら冒険をしている。だから、依頼人は宿屋を営む者に依頼を持ち込む。宿屋を当てにするのは、一番確実なのだ。特にヤンドンのような町では、宿屋イコール仲介人と思ってよい。依頼には国王暗殺などの危険きわまりないものまであり、必然的に宿屋という商売を始めるには、それなりの度胸と能力が必要になる、というのは余談である。
「ああ、いくつか来てるんだが……。お前たち、そのメリルって娘を待ったほうがいいんじゃないのか? 宿の支払いならいくらでも待ってやるから、ここを動かないほうがいいだろう。ちょうど、今日は夕方からヤンドン祭だしな」
「え、祭!? ワー! 見たい見たい!」
「ちょっとウィル……。ねえ、ロウ。わたしたちはね、お金がないの。この店に払うお金どころか、武器や道具を買うお金もままならないのよ。夜には宿に戻ってこられるような依頼はないの?」
「残念ながら。まあ、酒場とかほかの宿とかに訊いてみなっつっても払うチップもないんだろ。金のことなら祭りの『レディー腕相撲大会』に出たらどうだ? 優勝・準優勝には賞金が出るぞ」
 バカなこと……と云いかけたリヴだったが、訊けば結構バカにならない賞金金額である。町の近く――日帰りできる程度の所にはダンジョンが無いので、メリルとかいう女が現れない以上、その大会にしか金稼ぎの方法は無さそうだ。
「トーノ。あなた、腕っ節に自信はあるかしら」
「そりゃあ、剣士を名乗る以上はな」
 と云ってトーノは愛用の全長一メートル程の剣を片手で抜いて見せた。ロウが、ははーん……、とでも云うように首を揺らして怪しげに笑う。リヴはウィルの方をちらっと見て、トーノを見て、少し考え込むようにしてから云った。
「……トーノ、あなた綺麗な顔立ちしてるわよね」

 夜の帳が降りてきて、町は即席のイルミネーションで美しく輝いている。各所に夜店が並び、曲芸師が各々の得意技を披露している。
 そんな中、町中央の噴水前の広場で、腕相撲大会が行われようとしていた。
「レディースエンジェントルメン! ウェルカムトゥヤンドン! イッツショータアアーイム!」
「……どいつもこいつも、覚えてろよ……」
 大会参加選手としてナンバー二六のバッジをつけている黒髪の少女……。そう、それはほかでもない。我らがトーノ、その人であった。カツラをつけさせられ、ドレスを着せられ、化粧をされたトーノは、多少ゴツかったもののそれなりに美しく、一同は十分この道で食っていける、と思っていた。
 声を出すと性別がばれてしまうので、トーノは心の中で(アイリ……こんな俺を笑ってくれ……いや、やっぱり笑わないでくれ)とつぶやいていた。
 大会が始まると、ウィルはトーノの応援そっちのけで、ほかのところを見て回った。お金がないので、曲芸などを遠巻きに眺めているだけだったが、人ごみを我慢することを差し引いても、楽しいものだった。
 中でも、高台で曲芸を披露している仮面のピエロに釘付けにされた。華奢な手から繰り出される炎や花々は魔法をつかったものではなかったが、ウィルのつかう魔法よりはるかに幻想的だった。
 もっと近くで見たくて、ウィルは無意識に寄っていった。
 仮面の奥の瞳がまっすぐにウィルをとらえたようにみえたのは、気のせいだろうか。ウィルは眼をこすった。
 ピエロがゆったりと一回転し、ウィルに手を差し出した。少年は戸惑いながら歩み出て、ピエロの手を取った。
 仮面の男は、ウィルのフードから鳩を取り出したり、それを兎にかえてみせたりしたかと思えば、ふわりと宙返りをする。観客だけでなく、舞台にあがったウィルは、さらに幻想に飲まれていく。
「ウィル!」
 女の声が、ウィルの目を覚まさせた。
「もう決勝戦よ! 迷子になるから、戻ってきて!」
 人ごみをかきわけて高台に近づいてくるのは、リヴだった。
 仮面は、少年の背中をやんわりと押し、振り返りもせずにリヴの元へ走り出したその背中に手を振った。しかし、仮面の奥の瞳がみていたのは、少年でもなく群集でもなく、リヴの姿だった――。
 一方、広場では二人の男女……いや、女性同士が腕を組んだままピクリとも動かないでいた。
(し、信じられねえ。この女、なんて力だ……!でも女装までして女に負けるわけにはいかねえんだよ!)
「う〜あ〜た〜し〜の〜優勝賞金(せいかつひ)〜〜!」
 数十分の持久戦の末、軍配はトーノにあがった。面子を保ったトーノはほっと胸をなでおろした。負けていたら、ウィルはもちろんリヴにも何を言われるか。相手の馬鹿力を訴えても、言い訳じみてみっともない。
 トーノは自然、安堵の笑みを浮かべた。
「トーノってば、うれしそうね」
「嫌々ながら出たとみせかけて、結構ノリ気だったのかなあ」
 傍観者はのん気だ。
 そして賞金を渡すため、優勝者と準優勝者は表彰台の上に立たされた。激闘を見守り続けた観客者はくたくたに疲れており、拍手は投げやりだ。もはや、早く終わってくれ、という気持ちばかりだろう。
「長い死闘の結果、優勝者はナンバーニ六、トーノ嬢! 準優勝者はナンバー一九、メリル嬢でーす!」
「え!」
 ウィルとリヴがそろって、ぽかんと口をあけた。
 ロウだけが、笑いをこらえて肩をふるわせている。
(おっさん、知っていやがったのかよ!)
 賞金の包まれた封筒をにこやかにうけとるトーノのこめかみに、青筋が浮いていた。

 祭が終わり、人々は家や宿に帰っていった。非人情の町が例外的に楽しみを共有する一夜が終わったのだ。
『きりん』の扉の前に、男が二人。一人は先刻のピエロだ。
 ピラピラしたフリル付のシャツを着たうさんくさそうな連れの男が、訊く。
「やっと見つかったってわけだな。でもよ、男と女の二人じゃなかったのか?」
「……さあ。三年間で何があったのかわからない。まさか、髪を切っていらっしゃるとは……」
 ピエロの男は、おもむろに仮面をはずした。端正な顔が、消えかけた『きりん』の看板を見上げる。
「写真じゃ、長い髪だったっけ。それこそ三年もたってりゃ、髪型くらいかえるんじゃねーのか」
 連れは、獣に食われたかのようなぎざぎざの耳に、小指をつっこんだ。
 美しい面をこれ以上ないほど無表情にさせ、ピエロは、『きりん』に背をむけた。
「行くぞ」
 宿の中では、何も知らないパーティが、テーブルを囲んでくつろいでいた。
「あたし、男・男・女の三人組ってきいてたのにぃ、男・女・女の三人組だったのね!」
「そうよ」
 メリルのつぶやきを、リヴがにっこり肯定する。
 トーノはカツラをひっつかんで、ウィルに投げつけた。
「うわ!」
 ウィルはカツラをロウにパスした。
「おっと、びっくりだな。トーノちゃん、ヅラだったんかい」
 ロウが唇をにんまりと持ち上げる。
「ショートのほうがさっぱりしてかわいー」
 わかっていないメリルの、だめ押し。
 トーノはアイラインをきれいに入れたまなじりを上げて、ウィルの頭をゲンコツでなぐった。
「いってえー。なんで!」
 ウィルは、今度はゲンコツをロウにパスした。ロウの頭に、ゴン、とウィルの拳が落ちる。
 ロウは頬杖をついて、ふうっと息をはいた。
「脳震盪で倒れたら、どうしてくれるんだ。私は君らと違って、『ただの宿屋の主人』なんだからな」
「倒れたらちょうどいいじゃん。宿代を後腐れなく、踏み倒せて」
 ウィルが両手をたたいた。
「呪い殺すぞ。私は呪術師なんだ」
「え、ウソ! マジ? ごめんなさい」
 年の差二十歳以上の二人が、幼稚な会話をしている。
 リヴは、額に手をあてた。
(ロウが呪術師ですって? そんなわけないじゃないの。……バカ)


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